
English Garden
The Food Is 『食』
白状しますが、そもそも僕にとってのガーデニングとは “おいしいものが食べたい”ということがほとんどなのです。それは渡英後間もない1999年8月に、 アイルランド南東部ウェックスフォード近郊にあるマナーハウス(辞書には荘園領主の館とある)を訪れたことに始まります。
ひょんなことで中学3年生のときの担任だった英語教師がアイルランドで暮らしていることを知り、 20年ぶりに先生を訪ねたのがそのマナーハウスでした。イングランドのサセックスから車で ウェールズの西の果てにある小さな港まで行き、夜行のフェリーでアイリッシュ海を渡りました。 先生からは「18世紀に建てられたマナーハウスでガーデナーをしているのよ」という話を聞いていたので、 あるイメージを抱いて訪れたのですが、実際行ってみるとそれは想像とはかなり違うものでした。 マナーハウスといっても、今やお金持ちの領主様が住んでいるわけではなく、 そこは世界中から集まったさまざまなバックグラウンドを持つ15人ほどの人たちが共同生活を 営んでいるところでした。そして、先生の言っていたガーデナーというのは畑で 野菜を作る人のことだったのです。 (イギリスやアイルランドでは野菜を作ることもひっくるめてガーデニングと言うので、畑で働く人もガーデナーなのですね)
彼らの生活は、自給自足とまでは言えないのですが、必要なものは なるべく自分たちの手と知恵で生み出していこう、という意思にあふれていました。 畑を耕し、牛の乳を搾り、鶏を飼い、粉を挽いてパンを焼く、etc…といったことを皆で分担。 野菜は、ここで消費するほぼすべてが自分たちの畑からの収穫で賄われていました。 ミルクは必要な量以上が搾れるので毎日近所の農家へも分けていて、時にはミルクの代わりに そこで飼っている豚や羊の肉が回ってくることもあります。また、他の農家から買う 小麦を粉に挽き、週に2度パンを焼いています。専用の窯があり、金曜日にはフランス人の 元パン職人が毎週交代のアシスタントと一緒に朝から1日がかりでたくさんのパンを焼き、 週末にダブリンなど大きな街のマーケットへと売りに出かけるのです。このパンはなかなか評判が良く、 いつも売り切れになるとのこと。そしてこの売り上げで、材料の小麦、畑で要る種、それに調味料なども買うことができる、という具合です。
マナーハウスのキッチン。
食事は、朝と昼はそれぞれの仕事や生活があるので各自が適当に食べますが、 夕食は1日ごとの当番が料理して全員が食堂に集まって食べます。違う国から来ている人たちが 毎日交代で各自のレベルで料理をするわけですから、いろいろな意味でかなりのバラエティーがあります。 それに、肉が手に入るのは週に1回ぐらいで、あとは主たる材料となるのは自分たちの畑で 収穫されるものだけ。しかし、それが毎日かなりおいしいのです。大抵はとてもシンプルな料理なのですが、 得も言われぬ豊かさにあふれています。この豊かさ、おいしさはいったい何だろうと考えてしまいました。
毎日その日の必要な分だけをガーデンから持ってきます。
右の写真はグーズベリー(スグリ)。これは甘酸っぱく煮てカスタードクリームと一緒にデザートになりました。
僕は都会育ちなので、食べ物はスーパーマーケットなどで買ってくるのが当たり前だと ずっと思っていましたが、ここではそれが違うのです。彼らにとって、お金を払って買う食べ物というのは、 どちらかというと、間に合わせに買うようなモノなのでしょう。だから、彼らはお金のために働くことは 最小限にして、その代わりに自らが生産することに多くの時間と労力を費やします。短い期間ながら彼らと 一緒に暮らして、そういう生活、というか人生というのもあるのだなと、しみじみ思いました。いつの間にか、 特に僕のような都会育ちの人間にとっては、お金を稼ぐということがいわゆる“食べていく” ということのすべてになってしまっていました。そして、数年前まで住んでいた東京のようなところでは、 お金さえたくさん持っていればほとんど何でも手に入れることができそうな気がしていました。 しかし、彼らの生活の中にある豊かさやおいしさというのは、 決してお金で手に入れることはできないものだと知ったのです。そして、そういった豊かさやおいしさを 少しでも自分の日常の暮らしの中でも味わえたらいいなと、そんな思いで僕はガーデニングに関わっているような気がしています。
タマネギの収穫。天日で2~3日乾燥させてから納屋に運んで風通しの良いところに置いておきます。
