
English Garden
アロットメント
“allotment” /『アロットメント』 こちらに移ってきて間もないころ、あるイギリス人にガーデニング、 特に野菜を作ることに興味があるという話をしたら、「それなら”ロットマン” を借りたらいいよ」と言われたことがあります。あとで思い当たるスペルを辞書で調べてみたけれども、 そのときはそれらしい単語を見つけることができなくて、“ロットマン”とは何のことだろうと思っていました。
そんなことはすっかり忘れて、もう4年近くもたったつい先月、 今住んでいるルイスというイングランド南部の小さな町にあるボランティアビューロー (ある程度の大きさの町には必ずあるボランティア活動の仲介をするところ)の掲示板で、 “Lewes Organic Allotment Project”と書かれた貼り紙を見つけました。オーガニックという言葉に惹かれたし、 もしやあの”ロットマン”ではないか、という思いで中に入って尋ねてみました。 オフィスにいた優しそうなおばあちゃんはこの“allotment”を“アロットメント”と発音し、 とても分かりやすくゆっくりと、さらに説明をしてくれたのです。 アロットメントとはカウンシル(自治体)から市民が借り受ける農地のことで、 このおばあちゃんも借りていたことがあるとのこと。通常の1区画は10rod(約75坪)で 年間20~30£(5,000円前後)の使用料、ルイスには町中だけでも4カ所あり、 カウンシルオフィスで聞けば空いている区画を教えてくれるので、 自分で見てきて選べばよいそうです。10rodというのは、ポテトやタマネギなどの基本的なものを除けば、 ひと家族が食べる野菜を大体まかなうことができるくらいの大きさとのことです。 このおばあちゃんのおかげで、あの”ロットマン”についてのナゾが、すっかり解けました。 ”ロットマン”と言った人がなまっていたのか、僕の耳が悪いのか…。
街の外れにあるアロットメント。ここより外は牧草地がひろがっています。
近所のアンティーク屋さんの壁に見つけた“DIG FOR VICTORY”キャンペーンのポスター。
以下、“allotment”についてちょっと調べてみました。 古くは、紀元前100年ごろケルト人によって開拓された畑で、 今でもアロットメントとして使われている所がイングランドの西の果ての地方にはあるとのこと。 現在のような形のアロットメントが一般的になったのは、産業革命を経たイギリスが すでに立派な工業国となった19世紀終わりごろのことらしいです。 1887年、カウンシルは市民の需要に応じてアロットメントを供給しなければならないという 条例が発令されました。この背景には、それまでの何世紀もの間、 大地主や教会などが所有していた広大な土地が解放され、 公共のものになったということがあるようです。その後20世紀始めにかけて、 この条例はますます強化されました。そして第一次世界大戦時の食糧難によって 需要は大幅に拡大。また第二次大戦中は“The Dig for Victory Campaign”という、直訳すると「勝利のために耕そう」 キャンペーンによって、公共の公園等までもが市民たちによって耕されたそうです。 しかし大戦が終わると、農業生産の効率化や輸入農産物が豊富になるにつれて、 食料供給は低価格で安定し、自ら食料を生産するということがすっかり廃れてしまい、 多くのアロットメントが使われずに放置されました。そして1990年代に入り、 大量に流通する食糧の在り方に多くの人が疑問を感じるようになると、 より安全で継続可能な食料生産を自ら実践しようという人たちを中心に、 再びアロットメントの需要が少しずつ増えてきているようです。 こうしてアロットメントの歴史を見てみると、イギリスの近代史の中で、 市民たちが自らの足元を固め、自立しようとする姿が見えてくるではありませんか。
Lewes Organic Allotment Projectの区画。ここは他のアロットメントとはちょっと様子が違います。かなり大きな区画で奥の方には小さな池があり、りんごの木もあったりします。
ボランティアビューローのおばあちゃんは、 ひとしきりアロットメントの説明が終わると、“Lewes Organic Allotment Project”について詳しく書かれたカードを読み上げてくれました。 町の外れに数人のグループで有機農法を試みているアロットメントがあり、 スペースにまだかなりの余裕があるので興味のある人は無料で区画を使うことができる、 といったボランティアというよりも仲間を募るような内容でした。 連絡先をメモしてもらい早速に電話をして、僕もプロジェクトに参加することになりました。 といっても今は冷たく暗い冬の真っただ中なので、ガーデニングはほとんど休業中です。 しかしイングランドの春は意外と早く訪れるので、次の号ではこのプロジェクトの内容についても書くことができるのではないかと思っています。
